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タイム


キッチン・マスト・ハーブ


世界3大スープのひとつとも評される、フランスの海鮮寄せ鍋・ブイヤベース。ブーケガルニといわれるハーブ束で香りづけするのが特徴です。

ブーケガルニのレシピは様々ありますが、パセリ、ローレル、ローズマリーにタイムあたりが主流となっており、シチューやポトフの香りづけとしても定番です。

「あなたはタイムの香りがする」と伝えることは最高の賛辞

世界最古の薬草系リキュール、ベネディクティンは、現在お菓子作りにも汎用されていますが、もともとは1500年ころにフランスの修道院で生み出された長寿の秘酒でした。源流には古代ローマの医師ヒポクラテスのレシピや、ケルト民族に伝承される自然薬研究などがあったそうで、数十種類のハーブが調合され、そのレシピは門外不出。革命時代にいったん焼失してしまいますが、1800年代に復元されました。

復刻したベネディクティンのレシピは、一部ですが公開されています。

タイム、ジンジャー、レモンピール、はちみつ、シナモン、ナツメグ、ヒソップ、クローブ、アンゼリカ、クローブ等々。深みのある甘さと独特の香りは、鼻から抜けて身体中の管という管を駆け巡るようなインパクトがあります。タイムはお酒の風味付けにとどまらず、チーズやバター、はちみつとの相性もとても良いです。



「あなたはタイムの香りがする」


古くタイムを用いたのは3500年前、古代シュメール人の薫香説と、古代エジプトでのミイラ防腐剤説です。古代ギリシャでは調理や空気の浄化、悪霊払いに使用されてきた歴史があります。

ギリシャ人にとってタイムは勇気と気品、優雅さと勇敢さという両側面を象徴するハーブでした。

古代ローマの詩人ウェルギリウスは「あなたはタイムの香りがします」と伝えることは最高の賛辞であると語りました。

古代ローマといえば、騎士道が一番熱かった時代。馬上槍試合にのぞむ騎士たちにはタイムが与えられ、勇敢さを称えられました。兵士たちは戦の前に、タイムを入れて入浴し、戦意を高めたといいます。そして時代はめぐり、十字軍の騎士にタイムの刺繡したもの、あるいはタイムの小枝を織り込んだスカーフを贈り、遠征のはなむけとしました。

戦士たちは高貴な心と勇気のために、また悪臭やカビ、病気から身を守るために、タイムの小枝を心身ともに携えるという風習が受け継がれてきました。



立性とほふく性


一般的に精油に使用されるのは、コモンタイムと呼ばれる品種で、幹が木質化して立ち上がります。草丈20センチ程の低い生け垣タイムを時折見かけますが、ズボンのすそや、スカートのすそがあたって、香りよい足取りを楽しめそうだと、つい近寄ってしまいます。

タイムは300種を超える品種があり、ほふく性(茎や葉が地を這うように生育する)のクリーピングタイムもあります。

大地を覆うように繁殖するほふく性植物は、ぬき足、差し足、忍び足の達人で、いつの間にこんなところまで侵入しとったの⁉と、驚かされることも多いです。猫や蛇のような生き物然り、人には見えない地球のレイラインに沿って移動している生き物たちは、みんな忍び寄りの名人です。

個人的な印象として、はじめてタイムの香りに出会ったとき、私はヤキ族、インディアンのドン・ファン・マトゥスさんを思い出しました。彼に師事したカルロス・カスタネダさんの著書に登場する呪術師ですが、ドン・ファンの教えのなかでも特にしのび寄りの術は、地球人として生きるうえで欠かせない、処世術のひとつだと感じていたことにリンクしたのだと思います。

地球ガイア説(自己調節能力を持ったひとつの有機生命体であるとみなす説)が提唱されて久しいですが、大地のエネルギーラインに沿って移動する、あるいは繁殖できるものたちは、ガイアの生命サイクルと近しく共存する智慧をもちながらも、古郷星とのつながりを確立できる、「かっこいいやつら」だと一目置いています。



英雄ヘラクレス


ギリシャ神話に登場する半神半人ヘラクレス、12の功業物語は時代を超え、国を超え、多くの人に英雄雛型を植え付けました。古代ギリシャ・ローマの人々にとって、タイムの護符はヘラクレスの加護を象徴するものだったように思います。

神話元型は、国によってさまざまな神キャラクターとして描かれます。場所と時代が変われば善なる神が怪物になり、モブキャラが崇められ、アイドルの栄枯盛衰を見るかのようです。

ヘラクレスの功業で打ち倒されたネメアの獅子はしし座に、猛毒と9つの頭を持つ水蛇ヒュドラはうみへび座になりました。

獅子と猫、水蛇と蛇。

タイムはひっそりと、忍び足で大地を覆い、小さな葉と小さな花をつける低木なので、雄々しい英雄ヘラクレスとは似ても似つかないイメージがあります。どちらかというと猫や蛇に近いのではないかしら。勇気と気品、優雅さと勇敢さ、猫・蛇とヘラクレスを混ぜてしまった方が、よりタイムっぽい気がします。


麝香の香り


タイムは日本の野生種にもあり、伊吹麝香草(イブキジャコウソウ)と呼ばれます。

麝香は雄のジャコウジカの分泌腺から得られる香料で、薬としても使用されていました。ムスクの香りといえばピンとくる方も多いでしょうか。

タイムは麝香の香りに似ていることから、ジャコウソウと呼ばれており、立性のコモンタイムをタチジャコウソウとも言います。

シシはライオンだけでなく、鹿にもシシの呼び名があります。あとイノシシも。

鹿も猪もライオンもぜんぶ、3シシともにヘラクレス12の功業物語に登場して倒されているので、栄華盛衰地球事情を考えると、ギリシャ神話以前にはこの4つ巴はみんな仲良しで、タイムから特別な力を授けられた仲間だったのではないかと想像しています。

古代エジプト文明期からギリシャ・ローマ時代へ。動物の頭と人間の体をもつ神々の時代から、人型の肉体美を重要視する文明期に移行し、ヘラクレスは動物的側面を自分から引きはがし、倒して倒して倒して、報復と復讐を完遂して、敗北知らずの象徴になってゆきました。


ひとつの文明期がゆっくり閉じていくとき、馴染んでいるものから手を離すのはとても勇気のいることです。

安寧や平安を維持してきた型を壊すのですから、誰だって我先に、好んでやりたいとは思わないでしょう。

けれど古いものが崩れる時には、必ず新しいものが生まれつつあります。

新しい文明期の、おぼろげな輪郭に視点をあわせて、そろりそろりと頭をあげるとき「ヘラクレス的お父さんの時代はそろそろ終わりですね。お父さんの象徴、次はだれやります?」みたいな感じで、あっけらかんとタイム先生が英雄たちに問いかけている。そんな風景を想像させてくれるタイムは、文明期の入替時だってなんのその、大地をくまなく這い回り、ガイア情報にも精通して、クールに合理的に、次の1歩を後ろ押ししてくれる。

ヘラクレス+シシ+ヘビ=タイムという方程式を、タイムの香りに感じてしまうわたしにとって、やはりタイムは精油界のなかで、なかなかの「かっこいいやつら」だと感じています。




*当ブログで紹介している植物の一般的な性質は化粧品の効能を示したものではありません。





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