酸っぱいものはからだにいい
レモンと聞いただけで、鮮やかな黄色いイメージが脳裏に広がって、口のなかに唾液がでてくる人も多いと思います。 レモンの香りを思い出すと、その酸っぱさに刺激され、気分がシャキンとするのではないでしょうか。
「酸っぱいものはからだにいい」と考える人も増え、現代日本においてレモンは健康食品としてのステイタスを確立した感もあります。 レモン〇〇個分のビタミンCという表記も様々な食品で見かけるようになりました。
レモンの果皮に含まれる代表的な香り成分リモネン、レモンらしさを象徴するシトラール、そして果汁がもっているクエン酸を混同されないよう、まずはクエン酸について少し触れたいと思います。
クエン酸は酸味の成分で、酸味臭はあるもののほとんど無臭に近く、精製されたものは無臭です。逆にアルカリ性の匂いを中和して打ち消しますから、現代ではアンモニア消臭やお掃除に使用されることも多くなりました。(逆に汗や皮脂などの酸性臭には重曹ですね)
食品分野ではクエン酸は水に溶けやすく熱にも強いことから、清涼飲料水やお菓子などの味を良くするため、酸味料として使用されています。
もともと人の体の中にも存在し、クエン酸回路という、エネルギーを生み出す代謝経路にもなっています。ミネラルの吸収を助ける働きがあるともいわれています。
レモン型
料理をする人ならレモンピールの便利さ、ご存じと思います。そしてレモンの香りは皮にあるということも。
柑橘系の精油はすべて、果皮に多く存在しています。果実が傷まないよう消毒殺菌作用をもち、と同時に鳥や動物を引き寄せる良い香りでもあります。だから人にとっても、消化機能を高める香りとなるわけです。
レモン様の香りをもつハーブはたくさんあり、レモングラスをはじめとして、レモンバーベナ、レモンバーム、レモンマートル、レモンユーカリ、レモンミント等々、イネ、シソ、クマツヅラ、フトモモ科へと広がっています。
またレモンの独特な形、レモン型は、すでにあらゆる産業で共通語として流通しているので、レモンは植物界の中でも、ちょっとした古株で、現地球史における元型に近いポジションにあるのかもしれないと考えたりします。
レモンの形を図形で表す場合、なんという言葉がふさわしいのか調べたことがあるのですが、アーモンド形、レンズ型、しずく型、涙型、ラグビーボール型、ヴェシカ・パイシス等々、色々候補はあったものの、やはりレモン型は「レモン型」といえば万人わかる説で落ち着きました。
特殊なのに奇抜じゃなくて普遍性がある、さらに他に似ているものがいない植物って、ちょっと珍しいと思います。
ヒマラヤ山麓、インド、アジアなど
原産地の記録は様々で、ヒマラヤ山麓というのが最も多いです。
現代のインド、ネパール、チベット、ブータンといったあたりでしょうか。
古代エジプトのレシピにも登場していますが、それがレモンなのか類縁種のシトロンなのかは不明です。
レモンは2世紀頃にはギリシャに伝わり、中世時代にヨーロッパに渡ったといわれています。17世紀にレモンの薬効を認める著作が発表され、イギリス海軍が壊血病対策に大量発注したことを契機に、いっきに名声が高まりました。
レモンの語源はアラビア語のライムンと、ペルシャ語のリムンから来ており、昔は柑橘類全般をそのように呼んでいたそうです。
殺菌力
フランスの軍医であったジャン・バルネ博士(1995年没)は、精油の効能を化学的・医学的に研究した第1人者で、大戦中に負傷兵の治療に精油を使ったことでも有名です。
レモンの精油が空気中の菌をどのくらいの時間で殺菌するか、研究結果も残されています。 そうした先人のおかげで、いまアロマテラピーを楽しく学ぶことができ、生活に生かせることを、本当に感謝してやまないのですが、レモンに限らずハーブの歴史は、呪術や魔術、占星術など非科学的といわれる領域と結びつき、現代においても、アロマテラピーは非科学的であるというレッテルを貼られることは少なくありません。
ただ個人的にはそのくらいの、ぼんやりした立ち位置にあったほうが、ハーブとのホリスティックな関係性が築けて、いいんじゃないかな、とも思っています。
レモン型のように残るものは残り、後世において、いつのまにか普遍性を獲得しているという方が、植物にとっても平安なのではないかと思うのです。
最後の晩餐
レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐は、現代において大変有名な絵のひとつです。1490年代、ミラノにある修道院の食堂に、壁画として描かれました。
実はヨーロッパでは、最後の晩餐という主題で、有名・無名問わずたくさんの画家たちが絵を描き残しています。そのなかで、ドメニコ・ギルランダイオという画家が1480年にフィレンツェの修道院食堂壁に描いた最後の晩餐には、背景にレモンの木が描かれています。 レモンの文化的側面に興味を持っていたころ、レモンの木が描かれている最後の晩餐があると友人に聞いて、調べてみるとフィレンツェのオンニッサンティ教会の食堂だと分かりました。この教会にはボッティチェリのお墓もあると知り、春(プリマヴェーラ)の背景の、オレンジの木を思い出しました。
その当時ヨーロッパでは柑橘類がたいへん高価な果物だったので、静物画のテーマとして人気だった、ということも関係しているかもしれませんが、古典美術として受け継がれてきた名画に柑橘類が描かれているということが、普遍的名画として後世に遺される一因に、多少関係あるのかもしれないと、植物びいきならではの発想が止まりません。
明晰さと線引き
古典として受継がれるものには普遍性があります。
一過性の流行ものと違い、多くの人々の思想や印象に共通する概念を刻印し、100年、1000年の時を超えて、地上にひとつの集合的な型を作り出します。
レモンは清涼感とともに明晰さをあたえ、リフレッシュできる香りです。
香りもまた他の精油と違って、感じ方、印象、気分的な変調に大きな個人差はほとんどありません。レモンの香りという、ひとつの普遍的な型が完成されているように思います。
明晰さによって、自分と周囲の境界線を明確にし、見えないけれど確かに感じる、パーソナル・スペースを再認識できるレモンの香りは、十把一絡げ、烏合の衆と揶揄される大衆心理路線から距離を置いて、自分がいまどこに、どんな風に立っているのか再確認したいときに重宝します。
自分が本当にいたい場所、本当に必要なものを、安全なパーソナルスペースのなかで屹立し、明晰な頭で探したいとき、レモンの香りが役に立ってくれると思います。
*当ブログで紹介している植物の一般的な性質は化粧品の効能を示したものではありません。
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