獅子座21度☆飛びたい、飛びたい、飛びたい!【星と神話のものがたり】
- shirokikurage

- 7 日前
- 読了時間: 10分

おはようございます。
きらめく星たちのものがたりをナビゲートする【星と神話のものがたり】へようこそ。2026年を日本で生きる視点から、獅子座のサビアンシンボル解釈を綴っています。
1日ごとに太陽が進み、地球に降ろされる「時間の質(ものがたり)」は、ダイナミックにその表情を変えていきます。
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昨日の20度では、「ZOO(動物園)」という安全な境界線を設けることで、自分の中に潜む影(シャドウ)の存在「太古の野生(盟友)」を認め、日常のルーティンを通して内なる太陽をアクティベート(再発火)させました。
野生のエネルギーと固い握手を交わした魂は、今日の21度で、いよいよ獅子座(火のサイン)のエレメントがもっともパワフルに最高潮を迎えるピークへと踏み込みます。
獅子座21度「熱狂しているニワトリ」
原文 (Marc Edmund Jones, 1925):
Intoxicated chickens.(熱狂したニワトリ/酔っぱらったニワトリたち)
再解釈版 (Dane Rudhyar, 1973):
Chickens intoxicated by flight, trying to fly.(飛ぼうとして興奮しているニワトリたち)
憧れに酔いしれて、限界を超えて羽ばたく
サビアンシンボルの原典(1925年に透視能力者エリス氏が視たビジョン)は、「Intoxicated chickens(熱狂し、酔っぱらったニワトリたち)」というダイナミックな描写でした。
一方で、「Chicks to chickens(大きなニワトリに目線を奪われる小さな鳥/ひよこ)」という意訳で語られることもあります。
「自分もあのように大きく、誇り高く羽ばたきたい」という、純粋な憧れと可能性への熱狂を表現した意訳です。
まだ小さなひよこにとって、大きな声で時を告げ、翼を広げるニワトリは「憧れの太陽」そのものです。小鳥はニワトリを食い入るように見つめ、「自分もやるぞ!」と夢中で羽をバタバタと動かしはじめます。
飛べないニワトリが、空を目指して熱狂する
ニワトリという生き物は、鳥でありながら、基本的には地上を歩く「飛べない鳥」です。
けれど獅子座21度のニワトリたちは違います。
彼らは自分たちが「地上に縛られたニワトリである」という現実的な限界など、ハナから気にもしていません。
「自分は空を飛べるはずだ!」
「もっと高く、太陽の近くまで舞い上がりたい!」
自分の内側から湧き上がる衝動とポテンシャルに完全に酔いしれ(Intoxicated)、無我夢中で羽ばたき、地を蹴り、跳躍しようとしています。
冷ややかな第三者が外から見れば、「ニワトリが飛べるわけがない」「バタバタと暴れて、まるで酔っぱらいのようだ」と笑うかもしれません。
けれど、ここにあるのは「周囲の評価や現実的な限界など、どうでもよくなるほど、自分のいのちの可能性に情熱を燃やしている」という、純粋さ極まれりの境地が描かれています。
火の最高潮、カッコ悪さの先にある「圧倒的な生の歓喜」
獅子座の旅において、21度は「火のエレメント」の情熱がもっとも純粋な形で爆発する度数です。
大人になると、わたしたちは失敗を恐れ、賢くなり、「ニワトリが空を飛べるはずがない」と自分の可能性に自分で枷(かせ)をはめてしまいます。
今、外の光を感じられる場所にいるなら、すこしだけ視線をあげて、今日の太陽の光を感じてみてください、その光には、深遠な問いが含まれています。
「カッコ悪くバタついてもいい。誰かに笑われてもいい。君はいま、自分のいのちの衝動に夢中になれているかい?」
跳躍しようと夢中で羽ばたくニワトリの姿は、おそらく滑稽で哀れに見えることでしょう。
けれど視点を変えると「圧倒的に生き生きとした生命力の塊」として、いのちを鼓舞するふるまいに見えてきます
不可能な夢に向かって、自分の意志の火を100%燃やし尽くす「熱狂(Intoxication)」の中に、わたしたちが生まれてきた真の歓喜が存在しています。
飛べるかどうかなんて、実のところ1ミリも重要ではありません。
一瞬でも「飛んでみたい!」と、盟友がお誘いしてきた瞬間の、からだの声(感覚)を無視せずに、面白がってのっていく、やわらかいこころの有り様が、とても大切です。
羽を広げて大地を蹴る、その瞬間の行動と情熱が、人生の中でいったい何度味わえる貴重なものか...。
周囲からどう見えるか、現実的に可能かどうかという小さな枠を飛び越えて、今日は自分の内なる情熱に心地よく「酔いしれて」みませんか?
泥臭く羽ばたく姿は、地球上で何よりも眩しく、レアなエネルギー(光)を放出しています。
ママチャリ冒険と「正しく絶望した」日の記憶
「飛べない肉体(限界)を抱えながら、空を目指して羽ばたく」という感覚について、忘れがたい思い出話をシェアさせてください。
北海道に住んでいた中学生のころ、夏休みも終わりに近づいたある朝、「そうだ、海へ行こう」と思い立ち、早朝からママチャリ号で20キロほどの道を走りました。
はじめて一人で試みた遠出。
「また学校に行かなきゃいけないのか、、、」という思いと、風を切って走る爽快感(少しの自由と解放感)がないまぜになった複雑な心境で、わたしは「この感覚を知っている」「本当はすごく、すっごく自由なのに、また不自由な場所へ戻らなきゃいけないんだ」「不自由さに飛び込むまえに、小さな自由を満喫している、、、アレだ。あの感覚だ…!」と、強い思いが込み上げてきて、いても立ってもいられない気分になったのを覚えています。
どれほどペダルを強く踏みつづけても、この肉体には限界があって、空を飛ぶことはできないんだ。
「中二病」を全開で発動しながら、わたしは静かに、正しく現実に絶望することを、20キロの道を駆けぬけながら、臓腑に落としていきました。
けれど、石狩海岸にひろがる金色に輝くススキ野原(尾花)を見つけたとき、「やっぱりこの世界にも魔法はあるんだ」と確信し、しばらくのあいだ夢想世界に浸りながら、風になびくススキの穂波を見つめていました。
その情景は、まるで大量のキツネたちが宙返りしながら遊んでいるように見えて、空想世界のキツネたちと跳んだりはねたりして遊びながら、「夢想家で感受性が強い子」と大人たちから(恥ずかしいことなんだよ、という底意を含んで)評される一面を、けっして手放してはいけないと、自身に誓った日でもありました。
空を飛びたい、金星に行きたい、月と踊りたい、太陽と語らいたい――。
そんな想像のときめきを「幼稚な夢想」や「厨二病的戯言」と切り捨てるたびに、わたしたちは野性の力を、再び飼い殺してしまうことになります。
琉球の結び目「サン」は魂をまもる、緑の封印
沖縄には、お供え物や夜道を歩く子供の身をまもるために、ススキの葉をくるりと結んだ「サン(あるいはサングヮー)」という魔除けの習慣があります。マジムン(魔物)から大切なものをまもるための、シンプルで強力な「魔除け」であり「封印」です。
ススキの鋭い葉は不用意に触れれば指を切ってしまうほどですが、その「切る」性質は、霊的な世界では「冷酷な現実の重さに埋没しそうな魂をまもる、聖域(境界線)を引く力」に転じます。
周りから「夢想家だ」「ニワトリが飛べるわけがない」と笑われても、ススキが鋭い葉で「サン」を結ぶように、「ここから先は、わたしの聖域です」と意図の境界線を引いて、幼心(おさなごころ)の感受性をまもっています。
からだが大人になって、あたまに知識(地球ルール)がたくさん詰め込まれ、「できるわけない」と冷笑する側に立つか、「できるかどうかなんてカンケーない!ただ、やってみたいんだ」と、からだの声(野性の力)といっしょに大地を蹴るか、選ぶのはわたしたちの自由です。
冷たくなってしまったこころに気づくこともできないくらい、すべてをあきらめてしまった悲しい大人たちの目線にも負けず、「感受性」というアンテナを誇り高く立てておく。
飛べないからだといっしょに、どこまでも空を目指して羽ばたくニワトリの熱狂は、地球惑星によろこびをとりもどす強力魔法のひとつです。
☆関連動画 ハーブと星と神話【おとなの絵本】
【今日の地球フィールドワーク】獅子座21度
「憧れ」に向かって、無邪気に羽ばたいてみる
「あんな風になりたい」「あの世界へ行ってみたい」という素直な憧れ(Chicks to chickens)を否定せず、ひよこがニワトリの真似をするように、小さく一歩を踏みだしていきましょう。
自分だけの「サン(聖域の境界線)」を結んでみる
他人の評価や現実的な冷や水から自分を守るために、心の中で「ここから先は私の大切な夢想の聖域です」と線を引いてみましょう。窓辺に一輪の花やグリーンを飾って、「時間泥棒」からからだやおうちをまもる結界の印を飾ります。それを見るたびに思い出すようにセットしておきます。
内なる「キツネ(自由な野性)」と宙返りする
「こんなこと考えても無駄かな」という効率主義を脇に置いて、ノートに突拍子もない夢を書き殴ったり、空想の世界で自由に遊ぶ時間を数分だけ自分にプレゼントしてみましょう。
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肉体のちからだけで、空の向こうへ飛んでいくことはできません。
限界について知ること・考えることは、地球ルールや肉体の使い方を学ぶ、たいせつなプロセスです。
けれど「ただ飛んでみたいという情熱の力を解放すること」も、宇宙の法則や意識を拡大する方法を学ぶための、大切なプロセスです。
どちらかを、どちらかのために犠牲にする必要はありません。
「飛んでみたい!」と羽を広げて地を蹴る、その瞬間の熱狂の中に、魂の尊厳が存在しています。
「夢想家」であることの豊かな感受性は、宇宙の光をこの地上へ引き込む、美しい黄金のアンテナです。
今日は周囲の目や現実の重さをひらりと飛び越えて、内なる情熱に心地よく酔いしれてみましょう。 泥臭く羽ばたくあなたの姿は、地球上で何よりも眩しく、愛おしい太陽の光そのものです。
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飛びたい鳥の☆関連記事 今日の星模様-山羊座28度
今日の星模様-山羊座28度
家畜という呪縛(黒魔術)からの覚醒
山羊座が築き上げてきたピラミッドの頂点から世界を眺めたとき、わたしたちはこの世界の「真の構造」を知ることになります。
これまであたりまえだと思っていた社会の枠組のなかでは、鶏は家畜です。
すなわち「飛ばない(飛べない)鳥」、食用品として扱われています。
「鶏」とは、人間の可能性を枠(養鶏場)のなかに閉じこめ、ある種の「黒魔術」によって、管理・飼育されるシンボルと考えます。
28度の「大きな養鶏場」は、飛翔の力を取りもどした魂たちが、次の次元へ向けて準備を整える「聖なる発着場」を象徴しています。
鳥はほんらい、情報をはこび、霊的な世界と地上を繋ぐメッセンジャーです。
山羊座28度に描かれる鶏たちは、生来もって生まれた羽という可能性を制限することなく、自由に空を舞い、天地のあいだにひろがる空を縦横無尽に飛びまわり、情報を交換しあっています。
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つづきは白木海月ブログで!
有料記事目次
時間泥棒から「野性」をまもり、空駆けるカモメのジョナサンになる方法
合意的現実(養鶏場)の黒魔術を解く
『モモ』が描く、時間泥棒の巧妙な手口
「効率主義」という名の灰色の黒魔術
平穏な日常に張り巡らされた「灰色ネットワーク」の罠
「時計の時間」と「魂の時間」の乖離
『カモメのジョナサン』が見た「養鶏場」の向こう側
あなたが放った「情熱の火」は、すでに世界を救っている
魂をチューニングする「内省と実践のステップ」
あなたは「完璧な境地」を生きる旅人
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【大切なお知らせ】
いつも【星と神話のものがたり】を訪れてくださり、ありがとうございます。
「2026年を生きるサビアン」という無料パートはそのままに、その先にある、より濃密な―恒星の記憶、神話の元型、そして魂が旅するプロセス―を(個人的な経験談などはさみつつ)深く分かち合いたいと考え、有料記事にて展開しております。
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獅子座の魂の歩みをぜひご一緒に、往く道の途上で星と地球をつなぐ光をみつけられたらうれしいです。





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