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今日の星模様-山羊座19度

  • 執筆者の写真: shirokikurage
    shirokikurage
  • 1月9日
  • 読了時間: 8分

父性のめざめ、日常という聖戦をひきうける


サビアンシンボル山羊座19度

おはようございます。

太陽は今日、山羊座19度へと進みます。

シンボルは、「大きな買い物袋を提げた5歳くらいの子供」です。


昨日の18度では「人生の艦長」として旗(公に、集合社会のなかで役割を引きうける宣言)を掲げました。


旗を掲げたわたしたちが向かう先は、遠い戦地ではなく「日々のくらし」という、もっとも身近で、重みのある現場です。

内なる父性は「生きるための糧」を得る体験によって成熟されてゆき、それを自分の手で運ぶという、実質的でリアルなプロセスを表しています。



狩猟時代の名残と父性


現代では、買い物袋を提げる姿は日常的な光景です。

たべものはスーパーに売っていて、狩猟や採集に行く必要はありません。

「父性」のルーツに立ち返ると、野性的で切実なものがたりがみえてきます。


スーパーマーケットはもちろん、流通システムなど確立されていない古い古い時代、父性の役割は、いのち懸けで巨大な獣をしとめ、それを村や家族のまつ場所まで担いで帰ることでした。


山羊座19度の「大きな袋」は、「仕留めてきたいのちの糧」を象徴しているのだろうと感じます。スーパーでは切り身になっていたり、加工されていたりで、元の姿を連想することができなくなってしまいましたが、肉も魚も野菜も他種族のいのちです。いのちをつなぐために、いのちをいただく。命をいただくことは殺し合いをせねばならず、その過程をふくめて、大きな買い物袋と表現されているのだろうと。


今日の星模様-山羊座19度は、社会的な役割分担をすることで成りたつ集合体のなかで、5歳の子供が、自分にはまだ早い、分不相応な大役を引き受けているシーンを表しています。


買い物袋は大きくて、子供には酷な労働といえますが、シンボルの子供は「自分が運ばなければ、家族は明日を生きられない」というくらいの、強靭な責任感をもっています。

山羊座成分が「成熟した父性」を獲得してゆく、はじまりの一歩です。



「5歳の子供」がそれを担ぐ動機は、、


シンボルが大人ではなく「5歳くらいの子供」というところに、この度数のキモがかくされていると感じます。

15度の病院でリハビリを終えたばかりの「子供」のようなわたしたちは、まだ巨人(完成された大人)ではありません。


17度で、制限されている可能性を静かに受けとめ、まっさらで純粋なこころとからだを、愛おしむプロセスを経て、18度では「この共同体の一員として、人類という種が循環しつづけられるよう(存続できるよう)、糧を運ぶ責任を担いたい」という、誇らしい自立心が芽生えます。それは、いのちのために、いのちのやりとりをする「矛盾」にとびこむ覚悟でもあります。


「お父さんみたいに、強くなりたい」

「お父さんみたいに、重いものを運びたい」

「お父さんみたいに、なにかを成し遂げたい」

父性への憧れをもつことで、山羊座後半戦を力強く進む原動力が生成されます。

逆に、父性への憧れをもつ機会がないと、山羊座成分をアクティベートする心は、育まれないんじゃないかと思います。あるいは反面教師としての父性を、いやというほど味わったのちに、この父性の反対を目指そう!となるケースもあると思います。


共同体を小さな家族とするか、おおきなコミュニティ全体とするか、あるいはもっと大きく日本国とするか地球人類とするのか。。。共同体の範疇をどのパイの大きさで認識するかによっても、買い物袋の中身は変わってくると思いますが、それはわたしたちが、父性という象徴をどのように自己統合しているのかによって、決まってくると思います。



ストレス労働から、誇りとしての「糧」へ


現代社会にストレスはつきものです。

糧を得るために、重い袋を「持たされている」状態はこころもからだも蝕みます。

「この袋の中には、大切な人のための喜びが入っている」

「この袋の重みは、いのちを糧として受け継ぐ証しなのだ」

そう捉え直したとき、重い袋を食いこませる手のひらの痛みは、この大地で「生きている」ことを実感させてくれるバトンとなり、だれもが地球の一部を担っていることをしずかに思いださせてくれます。


今まさに、時代は「地球の古いルール」と「宇宙の広い視点」が出合い、衝突し、融合しようとしている真っ最中にあると感じています。

わたしたちが運んでいる「買い物袋」の中身は、お金や食料に見えて、じつは「地上でしか味わえない愛のカタチ」なのかもしれません。それは他種族のいのちをいただくという、重い責任を伴い循環している、地球競技場のルールに則った実践です。


「地球という競技場」に放りこまれ、ときには泥まみれになり、ときにはルールに絶望しながら、そこから「赦し、感謝、深い愛情」という、宇宙でもっとも希少なダイヤモンドを採掘して、袋がいっぱいになったとき、「真の勝利とは、影に潜む敗者を生みださない」ものだったと、理解できるのかもしれません。



☆今日の地球フィールドワーク

今日の星模様-山羊座19度


「責任」を「重荷」ではなく「誇り」として体感する


  • 「私が運んでいるもの」の価値にヨロコビの感覚をもとう

    仕事のタスク、買い物、家事。生活を営むために「やらなきゃいけないこと」はごまんとありますが「これはすべて大切な人のための獲物だ」と思えるなら、買い物袋は「命をつなぐための命」で満たされ、それはたんなる「労働の重荷」ではなくなります。

    「家族や自分のいのちを養うための、聖なる戦利品」と設定し直し、糧を受けとったことへの純粋なヨロコビに、シンプルに包まれてみよう。


  • 重いものを持つとき、手のひらの「感覚」に集中する

    袋の持ち手が手に食いこむ感覚や、お米や根菜類の重みを感じる行為は、わたしたちがこの現実世界に「影響を与えている」という証しと考えてみよう。その手触りは、「今日もわたしは地球の一部を担った」と自分を褒める価値のある行為です。


  • 「旧時代の奪う父性」から「支え、見守り、次世代の成長を喜ぶ父性」へのアップデート

    実際に家族を養っている方も、自分自身の「内なる子供」を養っている方も、今日も「いのちの糧をうけとった」父性の力強さをきちんと自己認識しよう。その役割にコミットできるのは、周囲にべつの役割をひきうけてくれる人々がいるから。山羊座成分はひとりでは辿りつけない場所を目指す、集合体のものがたり。一人ひとりの父性が「力は支配力になる」という負の構造に屈服しないよう、感謝のきもちをベースに父性と向き合って、身近な人へのリスペクトをいつでも胸に!


  • 重荷を下ろしたあとの「解放」も忘れずに

    古い古い時代、獲物をもちかえったあとは、母性による貯蔵や分配のちからで、みなが満足する糧をいただいたことでしょう。むかしはきっと焚き火の周りで、だんらんのひと時を過ごしていたのだろうと思います。今日は仕事を終えて、重荷をおろしてリラックスする時間に、ろうそくの炎をみつめて、自分に、家族に、仲間や友人、共同体に「いつもありがとう」と声に出して伝えよう。直接伝えなくても、その波動は必ずみんなのこころに届いてゆきます。



わたしたちのたましいを、肉体をこえた存在と仮定するなら、山羊座の16度から19度は、高次の魂が「重力のある地球」という肉体のスーツ(体操着)を着て、社会という複雑なシステムのなかで、もがきながら「愛」というデータを収集するプロセスなのだと感じます。


たましいの系譜(わたしたちの母性と父性の元型)がどの恒星であろうと、地球競技場を舞台に生きてゆくことは、怒り(分離)、泣き(分離)、そして最後に赦す(統合)、和解する(統合)という、運動エネルギーが創出される「生命の輝き」ものがたりになります。


「精いっぱいやり遂げた」という実感が強いほど、宇宙への貢献もつよいものになるのだろうな、と。


プロセスの途中で、やさぐれることもあるけれど、「みまもられているからこそ、文句が言える」というのもまた真実。

「愚痴ったり、やさぐれたりできる」のは、宇宙という父性に対する絶対的な信頼関係がある証拠なのだと感じています。ほんとうに恐ろしい支配者のまえでは、人は沈黙します。


毒づいたり、泣いたり喚いたり、文句タラタラ怒ることができるのは、こころのふかい場所で「この宇宙は、わたしがなにを言っても壊れないし、わたしを見捨てない」という、究極の父性の揺りかごを感じているからに他なりません。


その「甘え」や「抵抗」すらも、地球という学校での大切なカリキュラムなのだろうと感じています。


☆☆☆


サビアンシンボルとは?

地球には360パターンの、宇宙と地球をむすぶ物語があります。

それは占星術で使われる「星のメッセージ」、サビアンシンボルと呼ばれています。


地球を中心に大きな円を描くと、広大な宇宙にむかって360°の方向がセットされます。


360度の円を12区分したその先にはゾディアックサイン(12星座)があり、1区画(1星座)のなかには30度の方向があるので、地球からみて宇宙を360個に分けた「区画」がある、ということになります。1区画(1度)ひとつひとつに、ちょっと不思議な「物語」があって、それは短い詩文で表現されています。

1日1度、太陽が進行することで(じっさいは地球が動いているんだけど)、太陽の背景にはゾディアック(獣帯)と呼ばれる12星座の方向が示されます。地球と太陽の向こう側にひろがる「方向性」をつなぐことで、360の物語が始動する、というのがサビアンシンボルなんだな、と感じています。

象徴とか物語とか詩文というのは、その方向性にどんなエネルギーがあるのかを、いろいろな方法で表現してきた、この地球の歴史的なつみかさねなのだろうと考えています。


サビアンシンボルについてもっと知りたい!





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