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【星と神話のものがたり】水瓶座28度☆「この支配」からの卒業

  • 7 時間前
  • 読了時間: 6分
サビアンシンボル水瓶座28度


昨日は27度で「古代の器」を手にし「天の匂い」という至高の共鳴を分かちあいました。

今日、いよいよ水瓶座は「究極の決断」のときを迎えます。


太陽は水瓶座28度へ。

シンボルは「倒され、のこぎりで切られた木(A tree felled and sawed)」 です。



宇宙樹という名の「美しい支配」


水瓶座25度の「右羽がより完成された蝶」の止まり木(大樹)とは、カバラの「生命の木」や「ユグドラシル(宇宙樹)」のように、この世界の構造を完璧に説明してくれる「知の体系」でした。


どれほどうつくしい「理(ことわり)」であっても、それに依存し、知力のみに頼ってしまうと、それは一種の「支配」へと変わります。


G.I.グルジェフは「情報を知っていること(記憶していること)」と「理解していること」を混同し、本質的な理解がないままに記憶された情報で脳が膨れあがると、ほんとうの自己変容がストップすると説きました。


水瓶座28度は、みずからの止まり木を、これこそが真理だと自らを縛りつける「知の檻」と認識し、のこぎりで切り倒してしまいます。



「窓ガラスを割る」かわりに「大樹を倒す」


尾崎豊が歌った「この支配からの卒業」という叫びは、日本人のこころの奥底にある「既存の構造を壊してでも、ほんとうの自分を呼びもどしたい」という、水瓶座成分を揺さぶります。


積み上げた知識や、盤石だと思っていた社会的な足場を失ったら、「自分ではなくなってしまう」という恐怖は、わたしたちを重力(土元素界)につなぎ止めている鎖です。


水瓶座は何度も「合意的現実社会」からの脱走を試み、最終的に我が意を得たりと認識した「宇宙の法則」を、知力優先で消化しつづけたことで、「知っている」というトラップに嵌りこんでしまったことに気づきます。そこで28度で、その大樹を切り倒して「垂直の支配」から「水平の自由」へ飛び出す、聖なる卒業式を迎えます。


神話元型のひとつ「バベルの塔」は、巨大な聖塔(ジッグラト)を築いて、泥レンガという「土元素(物質)」をどこまでも高く積み上げ、天(神)へ届こうとする壮大なとりくみを伝承してきました。


土には物理的な限界があり、一定の高さに到達すると、みずからの重みに耐えきれず、崩壊します。


28度で大樹を「切り倒す」という行為は、「土の積み上げゲーム」からの卒業も意味しています。「物質のまま、この密度のままでは、これ以上先へ進めない」

その限界点を知性(のこぎり)によって、冷静に見極め、みずからの止まり木(足場)をなくしてしまうシーンを描いています。



失敗を恐れない、孤独な「自由」への一歩


「積み上げきった」という手応えのあとにくるのは、宇宙樹という「道」に沿って積みあげてきたものが、逆に精神の飛翔を阻む足かせになっていると気づく瞬間でもあります。


「積みあげきったら崩壊ね、OK!じゃあまずは積みあげなくちゃね」という軽やかさがあれば、「何もない自由(風の領域)」へ進めることを、両翼の蝶は知っています。


切り倒された木材は「立派な大樹」という権威を失うけれど、バラバラになったことで、なんにでもなれる「純粋な素材」へと還元されます。

支配的な構造(木)を脱ぎ捨てた魂は、ここではじめて「浮力」を得て、宙に向かって飛び立つことができます。


神々(恒星意識)にとっても未知の領域である「土元素界」を味わい尽くすために、人は神の分霊をうけとって、重たい地球に降りてきました。


土をどこまでも積み上げて、崩してみる。

その崩壊を経験することで、わたしたちはようやく 「物質として上昇する道はここまでか。ここからは、風や火のように、形のないものとして進む時なんだ」と気づくことができます。


足場を失うこと。

止まり木(帰る場所)をなくすこと。

土元素界から見れば物質の崩壊ですが、それは「やりきった、さあ次へ行こう」という宇宙からの祝福の合図でもあります。


「失敗しようぜ!」と笑い飛ばして、積み上げた足場を自ら手放すとき、次の扉はまるで最初からそこにあったかのように、姿を現します。



切りだされた「魂の舟」


垂直に立っていた木(理想)を、のこぎりで切り倒して横にするのは、「垂直の執着(エゴ)」を「水平の広がり(宇宙的なヨコのつながり)」へと変換するプロセスでもあります。


切りだされた材木は、次なる「魚座という大海原」を渡るための「魂の舟」となり、「浮力」を得てどこまでも自由に進むことができます。



【今日の地球フィールドワーク】水瓶座28度


「心の窓ガラス」をチェックする

あなたを「行儀よく」させることで、野生のちからを抑圧している価値観やルールの枠組みはありませんか?

それを壊したり倒すときに感じる「怖さ」こそが、卒業すべき「支配」の正体です。それは「上昇志向」という垂直の重圧から、自分をリリースすることにも通じます。

いまこの瞬間の「風通しの良さ」を阻む価値観は、空気の重さに現れてきます。からだの周囲に8枚のガラス窓があると想像しましょう。上からみると正8角形になります。前、後、右、左、右斜め前、、、と一枚づつ確認し、窓の開閉がうまくいかない、風を通さない窓を探してみます。開かずの窓をみつけたら、その向こうに何が(だれが)いるのか、ガラス越しにのぞいてみます。対象がはっきりしたら、窓ガラスに、おおきくバツ印を書いて、「却下」または「キャンセル」と書き、おもいきり窓ガラスをたたき割ります。外から吹いてくる自由な風を感じてみましょう


「垂直の執着」を横にする

「もっと高く」「もっと成果を」という、自分を縛っている垂直の重圧に気づいたら、その目標を一度「横」に倒してみます。競争や上昇のための取り組みは、横ひろがりにオープンになって、あなたのエネルギーを解放してくれます。

土の塔が崩れた場所には、必ず新しい風が吹き抜けて、パイオニアプランツという先陣隊の種がまかれ、豊かな景観を育んでいきます。



「仕組まれた自由」からの卒業式


後生だいじにまもってきた「知の体系」は、いつの間にか、生きた知恵ではなく、ただの巨大な「情報の集積(記憶)」に成り下がっていることがあります。


グルジェフが指摘したように、本質的な理解を伴わない情報は、魂の成長を止める重石(おもし)にしかなりません。


「この支配からの卒業」は、自分を賢く見せていた、あるいは安全をまもってくれていた「構造」そのものを疑い、解体することなのだと思います。


窓ガラスを叩き割り、大樹を切り倒したあとにのこるのは、なんの後ろ盾もない、むき出しの自分(素材)です。


その「何者でもなさ」は、魚座という大海原へ漕ぎ出すための、最強の「浮力」になります。

構造(支配)からの卒業を果たしたわたしたちの前に壁はありません。


仕組まれた自由ではなく、自ら選びとった「風」のなかへ。

蝶として舞い上がる準備を整え、両翼がそろいはじめると、もう風を測る必要すらありません。


あなたは、風そのものとなって、バビロンの野っぱらへと、かろやかに羽ばたいてゆきます。



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