今日の星模様-山羊座15度
- shirokikurage

- 1月5日
- 読了時間: 15分
更新日:1月9日
「完璧さ」を「ギフト」に変える。こころを癒すおもちゃの魔法

おはようございます。
山羊座のものがたりは、いよいよ佳境にはいります。
今日太陽が進むのは、山羊座ものがたりのクライマックス、前半を締めくくる、山羊座15度「病院の子供たちのために、おもちゃを運ぶ子供たち」です。
尋常ではない教育を授けられた期間、尖りすぎてしまったこころを、ふんわりと温かなやさしさで包みこみ、ほんとうの意味で「人間らしさ」をとりもどすシーンが、山羊座15度には刻まれています。
エリートの鎧をはずすとき
すばらしい「成果」をだしつづけ、だれにも負けない「正しさ」を証明する。
そんな山羊座成分と対峙しつづけるうちに、いつのまにか完璧主義にはまりこんで、こころもからだも疲れはててしまう。
こころ、あたま、からだの三分節バランスがくずれ、あたまばかりが忙しくなり、子供のような無邪気なヨロコビをどこかに置き忘れてしまう。
今日の星模様-山羊座15度に登場する「病院の子供たち」は、わたしたちの内側にある「損なわれた純粋さ」の象徴です。
だれかのために、共同体のために、競争原理のなかでサバイブしながら、一心不乱にたどりついたゴールには、笑い方を忘れてしまった子供たちと、たくさんのおもちゃが描かれています。
「たくさんのおもちゃ」は、人生をかけて手に入れた深い知恵を、もっとやさしく、もっと楽しく、誰かのために役立てようとする「愛のカタチ」の象徴です。
自分のもっている情報(宝物)を、となりのだれかを笑顔にするためにつかってみる。
難解な理論を、子供でもわかることばに変えて伝えてみる。
知識や情報は、伝え方次第で「武器」にも「ギフト」にもなると気づき、ほんとうはだれもが、世界を癒す「贈りもの」をもっていることを静かにうけとめる。
これまで集団の一翼として、わき目もふらずに彫りつづけた「石のレリーフ」は、今日、だれかの心を弾ませる「木のおもちゃ」になって、温かくやわらかな手触りを世界に届けます。
おもちゃというシンボルにこめられたエネルギー
完璧であることよりも、やさしさがあること。
正解を出すことよりも、あたたかい遊び心で満ちること。
もしかしたら、この地球という場所は、巨大な「子供病棟」なのかもしれません。
宇宙の大きな意識から分かれて、この小さなからだという器に入ったわたしたちは、誰もがどこかしら「偏り」をもち、アンバランスさを抱えた「学徒」であり「患者」です。
だからこそ、わたしたちは自分を磨くだけでなく、手に入れた知恵を「おもちゃ」のようにやさしく砕いて、手渡しあう必要があるのだろうな、と。
「子供」というシンボルの、もうひとつの意味
ここで少し、フシギ話をします(いつものフシギをこえたフシギです)。
シンボルに登場する「子供たち」は、年齢の幼い人間を指すのではなく、「もともともっていた巨大な可能性を制限された、現代人そのもの」のメタファーであるという視点です。
かつて、この地球には数百年を生き、星々の周波数と共鳴し、いまのわたしたちよりもずっと大きなからだと意識をもった「巨人の時代」があったという記録が、世界中の古い文献にのこされています。
山羊座(星座)の方向にある恒星ベガが「巨人の象徴」とされるのも、その遥かなる記憶の名残かもしれません。
もし、いまのわたしたちが、かつての豊かな染色体や意識レベルを失い、いまの地球惑星という小さな器に押し込められた存在なのだとしたら……。
この「地球(病院)」で一生懸命に取りくんでいるのは「本来の巨人の意識を取りもどすためのリハビリ」なのかもしれません。
14度で刻んだ「花崗岩のレリーフ」は、かつてのわたしたちがもっていた巨大な英知。
そして15度で運ばれる「おもちゃ」は、巨大すぎて今のわたしたちには扱いきれない英知を、小さな手でも扱えるサイズにまでやさしく折りたたんだ「翻訳済みのギフト」なのではないかな、と。
「完璧でなければならない」という鎧を脱ぐことは、自分が「リハビリ中の子供」であることを認める、いさぎよい降伏です。
おもちゃ(愛とユーモア)をつかって遊びながら、わたしたちは少しずつ、トランプの52枚(染色体の全ポテンシャル)が象徴する「完全なる自分」へと近づいてゆきます。
この病室で交わされる笑顔や「おもちゃ」のやりとりは、人類の封印を解き、再び星々の音楽(ベガの竪琴)を奏でる巨人へと還るための、重要なプログラムなのだと思います。
深淵の王から授けられた、最大の「おもちゃ」と、子供たちの笑い声になったベガの響き
山羊座前半を導いてきた、知恵の神エンキ(エア)の星・恒星「ヌンキ(Nunki)」の光は、現代にも語りつがれる有名神話のひとつ「大洪水伝説」に紐づく星です。
神話のなかで、エンキは人間を滅ぼそうとする嵐の神エンリルの目から逃れ、人類に「生きのこるための知恵」を授けました。
その知恵は、ときに「十戒」のような厳しい法となり、「花崗岩のレリーフ」という重厚な記録となりました。
そうして知恵の神から人類にわたされたレリーフは、山羊座ものがたりのクライマックス15度で「子供のおもちゃ」に変容します。 難解な宇宙の真理を、誰もが手にとれるあそびやヨロコビに変えて、暗い病室(地上)を明るく照らすのを、忘れないように、と。
14度から15度の境界で響いていた恒星「ベガ(Vega)」の調べは、「子供たちの笑い声」になり、「凍てついた誰かの心を、一瞬で溶かす微笑み」として発揮されます。
「完璧でなければ愛されない」という呪縛をとき放ち、ただそこに在るだけで、たがいを癒しあうスタイルは、この地上の小さな病室に溢れるおもちゃと笑い声が消えてしまわぬようにと降ろされた、星々の光のカケラなのかもしれません。
わたしたちが今日、だれかに向けた微笑みや、ていねいに伝えたことばは、この不自由な地上を共に生きる仲間への、最高のリハビリテーションになります。
たがいの欠落をゆるし、おもちゃを分かちあう子供たちのように、無邪気な連帯の輪を広げることは、山羊座が目指した「真の完成」の土台でもあります。
不自由な物理次元(病室)で「本来の自分(星の意識・全体性)」を忘れないように、遊びながらリハビリするためのツールとして、「おもちゃ」というシンボルにこめられたエネルギーを、おおいに活用しましょう。
わたしたちはみんな、神話(元型)を生きている。自分の人生の「型」はどの神話なのかな?
山羊座成分極まれりの15度を迎えるまでの期間に、自分の人生の元型はどの神話なのか、どのような「型(レリーフ)」を持って生まれたのかを必死に思い出し、解読する旅をつづけていた人もいるかもしれません。
恒星ヌンキや恒星ベガに象徴される神話に、明確に「なに」とは言えないけれど、どうにも気になる、気がひかれるなど、意識が向いてしまう方々は、郷愁なのか恐怖なのか、芯から熱くなるような情熱なのか、戦慄するような冷たさなのか、よくわからない複雑な思いが渦まいているのではないかな、と感じています。
シュメール神話からバビロニア神話、エジプト神話、ギリシャ神話、そして旧約聖書にいたるまで、地球史を席巻してきたおおきな文明に、痕跡をのこしている巨人たちのものがたりは、甘美で優しい記憶だけを刺激するというわけではなさそうです。
巨人、ネフィリム、堕天使、エロヒムと呼ばれた神々には光と影の多彩な側面がありますから、山羊座15度クライマックスの成分を題材に、内なる光と影を統合するのは、きっと人生をかける(というか、壊れる)ほどの大仕事。内なる悪魔(ラスボス級)との対峙は、やはり山羊座成分を統合しようと集中するあたりで起こるのではないかな(とは所感なり、自身の経験談などはまたあらためて綴らせていただきたいです)。
ともかく、そんな山羊座エッセンスに翻弄されつつ、重厚な「星の記憶」を、この不自由な地上(病院)でも使える「おもちゃ(知恵・文化・慈愛)」に翻訳し、隣のベッドで苦しむ仲間(他者)に手渡すことができるなら、きっとたくさんの人々が笑顔になって、世界中へと広がってゆくだろうと思っています。
☆今日の地球フィールドワーク
今日の星模様-山羊座15度と、恒星からのメッセージ
「お福分け(おふくわけ)」をしよう
自分が得た良い情報や、美味しいお菓子、ちょっとしたコツを、周囲の人に「これ、いいよ!」と軽やかにシェアしてみよう。世界は循環することで成り立っている。発信と受信をくりかえすからこそ、成立している。「おせっかい」とか「ウザイ」とか「いい人ぶってる」とか「偽善者」とか、発信するときの恐怖にはいろんな理由があるけれど、今日だけはノリよく、かるく、おおまかに、やさしい気持ちをふりまこう。
今日は「難解さ」を隠しておこう
専門用語を使わずに、一番大切なことを「5歳の子に話すように」伝えてみる。この「翻訳」作業を訓練すると、知性はより輝きを増してくる。難しいことを難しく語るのは「思考」の仕事で、難しいことを愛おしく語るのは「魂」の仕事。
宇宙の広大な知恵を、掌に乗る小さなおもちゃに変えて手渡す。そんな翻訳ができるようになったら、山羊座成分はほぼカンスト。あなたを真の「知恵者(学徒)」から「愛の体現者」へと進化させ、笑いを生みだす魔法をきっと皆伝してくれるはず。
肝心なのは、自分のなかの常識、あたりまえすぎて説明するまでもないだろうってことを「はしょらない」こと(自戒を込めて)。話が長くなりすぎないように言葉選びをするのは一苦労だけど、訓練をつづけているうちに、自分に対する思考もだんだんとやさしくなってくる。
「パステルカラー」を身に纏う
今日は子供部屋にあるような明るくやさしい色を、どこか一点取り入れてみよう。いつも目に入る色は、こころの状態に強く影響をあたえるもの。心がふんわりと軽くなる、やさしい色がいつも目に入るところへ。自分だけがクスッとなるような遊び心を思いだす写真や、可愛い文房具や小物なんかも身につけて、ほっこりタイムを意識しよう。
「ギフト」を選びにいこう
誰かへのプレゼントやお礼の品を選ぶなら、今日は好適日和。ギフトをえらんだり考えたり、ラッピング用品を物色をするのも吉日です。「贈ることを想像する時間」は、内なるアンバランスを癒し、山羊座成分のクライマックスを開花してくれます。
さらなる物語の深淵へ☆忘却された「巨人の記憶」と、小さくなる可能性をカンストした(?)人類と、スケープゴートの回収
▼ここからは72°ブログ限定コンテンツです▼
山羊座14度でわたしたちが向きあった「花崗岩のレリーフ」に刻まれているのは、実はかつてこの地球を歩んでいた、「今よりもずっと大きく、長命で、高い意識を持っていた祖先」の智慧と仮定します。
恒星ベガは、こと座の竪琴であると同時に、古代の伝承や一部のエソテリックな視点では、かつて人類に知恵を授けた「巨人の意識」や「高次元の先祖」と結びつけられることがあります。
彼らにとって、現在のわたしたちは、染色体数が制限され、からだも意識も小さく収縮してしまった「子供」のような存在に映ることでしょう。
「子供病棟」はほんらいの巨大な可能性(染色体52の完成体・身長はおよそ15から18m)を忘れ、ちいさく、短命で、アンバランスになってしまった、この地球のグレゴリオ暦2026年の人類が生きる場所。古い記憶を思い出すための「リハビリテーション・センター」と読むことができます。
「子供たち(患者)」は物質世界の重力に縛られ、染色体44になるまで「小ささ」の可能性を追求する旅にでた勇者と読むこともできますが、古代シュメール文明から、小さき人類の出発点はアダムとイブの、知恵の実を食べた物語にあるという記録がのこされています。
シュメールの記録によれば、やがて南方の金鉱にいた奴隷たちの一部を、都市の庭園(現代のイラク近くの北部)で働かせるために移動させることにしました。 ある日エンリルの弟エンキ(その名前の意味は蛇)が、イヴのところへやってきました。(…)エンキはイヴに、善悪の智慧の木から、そのりんごの果実を食べるように説き伏せましたが、記録によれば、そこでは単に二極的な視点を与えただけではありませんでした。それは彼女に生殖と出産の力をもたらしたのです。(…) イブはアダムを見出して一緒にこの木から果実を食べて子をなしました(…)。 エンリルはアダムとイヴがそうしたのを知って、ものすごく怒りました。もうほかの木から、とくに生命の木からは食べさせないようにしたかったのです。なぜならそうすると生殖能力が手に入るだけではなく、不死になってしまうからです。(…) そしてエンリルは、アダムとイブを自分の庭園から追い出しました。 (…)は中略の意、 「フラワー・オブ・ライフ」ドランヴァロ・メルキゼデク著 より
恒星ヌンキにまつわるものがたりでは、エンキ(エア)は神々による地球刷新・大洪水計画を生きのびるための人間を選別し、救ったという物語が伝えられてきました。エンキが人類に生殖能力を与えて2極化という視点を授けたエロヒム(神々)のひとりであるならば、人類を創造した神として伝承されてきたこともうなづけます。
金鉱を採掘するためだけに創造された生命種(生殖能力のない奴隷だったと伝えられる)に、自分たちで生殖できる能力をあたえて、神々の支配から解放することで、神々との共同生活を忘却するものがたりがはじまり、人類(だけ)でつくりあげてゆく文明の起点が、そこにあったのかもしれないな、と。
*忘れたのは人類側で、エロヒム(複数形の神々)の監視は続いていたともいいます。なぜならシュメール文明の記録には、庭園を追いだされたアダムとイヴの子供達、すべての名まえが記されているから、と著書にあります。
神々の介入をうしなうことで、逆に個の自由を得た人類は、神々の存在がどんどん希薄になってゆく過程で、寿命は縮み、身体は小さくなり、意識を低くしてゆく実験という旅へ、踏みだしていった、と考えることもできます。
神々ということばは出典文献等に則ってつかいましたが、巨人、ネフィリム、さらにその上に位置する肉体をもたない上位存在など、たくさんのレイヤーがあると考えています。さらにメルキゼデク氏の本から引用します。
「ここ地球には5つの異なった人間の意識レベルが存在するそうです。それぞれDNAが異なり、肉体もまったく異なるため、現実への認識の仕方も異なっています。どの意識レベルも、いかにして生命の表現方を完全に新しく変換するかを学んで地球を永遠に離れるという第5レベルに行き着くまで、意識レベルを順次成長して進んでいくようになっています。」 目に見える主な差異は、背の高さです。 第1レベル:約1.2~1.8m 染色体数42+2 オーストラリアのある部族にみられる 第2レベル:約1.5~2m 染色体数44+2 現在のわたしたち 第3レベル:約3~5m 染色体数46+2 これからわたしたちが向かいつつあるレベル 第4レベル:約9~11m 染色体数48+2 第5レベル:約15~18m 染色体数50+2 「創世記」の第6章で、この地球には巨人が住んでいたことが書いてあったのを憶えていますか?シュメールの記録によれば、彼らの身長は3~5mほどだったといいます。3歳児と10歳児では意識レベルが異なることはわかっていますが、それはまず身長によって判断されます。 「フラワー・オブ・ライフ」ドランヴァロ・メルキゼデク著
「おもちゃを運ぶ若者」は制限を超えた意識をもつ存在、あるいはベガの光に象徴される「巨人の意識」をもった未来のわたしたちなのかもしれません。
彼らが運んでくれる「おもちゃ」は「小さく折り畳まれた」高次元のテクノロジーや宇宙の叡智のことで、人類が「完璧なエリート」を目指して14度まで必死に積みあげてきたものは、巨人の視点からみれば、子供が積み木で遊んでいるような、愛らしい光景なのだろうと。
小さく小さく小さくなぁれと魔法を駆使してたどりついたこの場所から、こんどはかつての、あるいは未来の、「5メートルもの巨躯を揺らし、数百年を生き、星々と直接対話していた自分たち」の感覚を、少しずつとりもどしていくために、子供病棟でおもちゃにふれているのが、山羊座成分のクライマックスとして語られているのだろうと想像しています。
内なる悪魔(ラスボス級)は、荒野に放ったスケープゴートのなれのはて?
山羊座の光と影、その統合を表す15度クライマックスでは、内なるスケープゴートの影をスルー出来ません。スケープゴートは罪の転嫁用山羊のこと。「逃がしの山羊」と呼ばれる、宗教的儀式からはじまったものです。その場の人々全員の罪や穢れを、1頭の山羊に象徴的に移し、 罪を負わされた山羊は、人里離れた荒野へ追放されます。共同体から罪そのものを物理的に排除し、神の前で人々を清めることを目的とする儀式です。
追放された山羊は荒野でラスボス級の悪魔・サタンへと成長し、やがて対峙し、和解し、自身の一部として統合する時期がやってきます。サタンリターン(土星は約30年周期なので、30年おきにやってくるサイクル)とか、土星期(56歳くらいからの10年間)とかに、山羊座成分にめいっぱい向きあう時期はやってきます。
共同体を先に進めるために、犠牲になり踏み台になってくれた仲間たち(底に敷かれた10本の丸太)と、丁寧に向き合い、今生の旅のプロセスを分かち合う時間なのだろうな、と感じています。
山羊座16度以降は、水瓶座へ、そして魚座へとバトンが渡されてゆきます。不自由な、からだという「病室」をでて、星へと続く梯子を、昇りはじめるものがたりが続いてゆきます。
☆☆☆
サビアンシンボルとは?
地球には360パターンの、宇宙と地球をむすぶ物語があります。
それは占星術で使われる「星のメッセージ」、サビアンシンボルと呼ばれています。
地球を中心に大きな円を描くと、広大な宇宙にむかって360°の方向がセットされます。
360度の円を12区分したその先にはゾディアックサイン(12星座)があり、1区画(1星座)のなかには30度の方向があるので、地球からみて宇宙を360個に分けた「区画」がある、ということになります。1区画(1度)ひとつひとつに、ちょっと不思議な「物語」があって、それは短い詩文で表現されています。
1日1度、太陽が進行することで(じっさいは地球が動いているんだけど)、太陽の背景にはゾディアック(獣帯)と呼ばれる12星座の方向が示されます。地球と太陽の向こう側にひろがる「方向性」をつなぐことで、360の物語が始動する、というのがサビアンシンボルなんだな、と感じています。
象徴とか物語とか詩文というのは、その方向性にどんなエネルギーがあるのかを、いろいろな方法で表現してきた、この地球の歴史的なつみかさねなのだろうと考えています。
サビアンシンボルについてもっと知りたい!
つづきはこちらで>>>【星と神話のものがたり】はじまり





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